「課金」は「同調圧力」なのか?

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かなです。

先日、課金履歴の記事を書きました。

上記記事の通り、かなは何回か課金をしたことがあります。

元グラブル完全無課金プレイヤーかなにとって、いくつか納得のいかない課金を見てきました。

今回はその一例を紹介しようと思います。

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その課金は、何のためですか?

あなたは今から課金をしようとしています。

その課金は、なぜするのですか?

キャラクターが欲しいからですか?

バトルがクリアできないからですか?

それとも、運営へのカンパですか?

理由はたくさんあると思います。

ただ、この理由も多いと思うんです。

「周りが課金してるから、自分も課金する」

「周りに言われたから、課金する」

今回は、この二つについての話をしようと思います。

そこに初心者がいたとして

初心者Aさんは、上級者Bさんに戦力の上げ方を聞いています。

上級者Bさんはこのような返事をしました。

上級者B
上級者B

とりあえず課金してこれ買えばいいよ

ここで、初心者Aさんはこのようなことを考えていたとしましょう。

初心者A
初心者A

わたしは困らない程度にそこそこ強くなれればそれでいいのに

すれ違ってますね。ここで上級者Bさんに言われるがままに課金したところで、初心者Aさんは幸せになれるでしょうか。

今回のポイントはこの「人に言われるがままに課金をしたところで、その課金は果たして本当に意味がある課金なのか」というところにあります。

ガチャ系はすすめる人はあまり見かけませんが、サプチケとかになるとこの事例はかなり多いです。かなも何度も見たことがありますし、逆にかながすすめられたこともあります。

このサプチケ系、たいていはガチャチケットだったり、課金石だったりがついてます。

たいていそれらの使い道はガチャだったりします。

するとどうなるか?周りに流されて課金したあなたは、たくさんのおまけの石やガチャチケットを持った状態です。ガチャ依存ユーザーへの道まっしぐらな状態です。

改善しないと、こうなります。

それがあなたの意志であれば、かなが言うことは何もありません。

ですが、もしあなたが周りに流されているだけだったとしたら。

「その課金、ちょっと待った!」

と言いたくなるわけです。

義務になって楽しいことはない

ゲームにしろ勉強にしろ、義務になって楽しいことはありません。

自分が「やりたいから」やっているときが一番幸せだと思います。

まわりにあわせてやっていると、疲れます。

そして、「なぜ自分がそれをやっているのかわからない」状態になると思います。

FGO信者の話に通じる部分がありますね。

おわりに:ゲームは義務ではない

「みんな買ってるから自分も買う」

その考え、やめませんか?

そうして課金したものは、後で必ず後悔します。

課金をする前に、一度考えてみてください。

「その課金は、本当に自分で決めたものですか?その理由は何ですか?」と。

そして、嫌なことに対してはちゃんと嫌と言いましょう。もしそれでも相手がきいてくれないのであれば、離れた方がいいです。そのへんも信者と同じですね。

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